苦労しないと優しくなれないけど、苦労はさせたくないという葛藤。

ムーンテッド(MoonTed)の日記より、セラピストのAKI。黒いトップス姿で、ワインレッドのバスローブをハンガーごと手に持ち、天井の照明のほうを見上げている。

リピーターさんに「そろそろ若手を育てたら?」みたいなことを言われるたびに、自分には無理かなーと感じます。

なんでかというと、もう若い人に厳しくしたくない、というかそんなに苦労させたくないって気持ちがあるんでしょうね。

こんな技術でも身につけるには毎日の積み重ねが必要で、それなりにストイックな習慣が求められるので。

唐突ですが、「神風」や「過労死」という言葉は、他の言語に同じ概念が無かったので、訳されずに「kamikaze/karoshi」のまま英語になりました。

日本人の滅私奉公や職人技に対する追求心は、他文化から見れば狂気じみた精神性だったのだろうと思います。

そんな日本の精神性はざっくり言うと2つの側面で日本を形作ってきたと考えています。

一つは、明治維新後の急速な近代化や戦後の高度成長を実現した、短期間で世界最高水準に達した製造業の強さで、その原動力は職人たちの異常なまでの技術へのこだわりでしょう。

そしてもう一つ、過酷な研鑽や労働を自ら引き受ける者を良しとする空気が、他の文化にはあまり見られない公共心や共感性を育んだような気がします。

こんなことを書くとネトウヨみたいに思われちゃいますが、「苦労」と「優しさ」の関係については、こんな研究があります。

米国のノースイースタン大学が2016年に発表した「苦しい経験と共感性の相関」に関する研究では、苦しい経験が深刻だった人ほど他人の痛みを感じ取りやすく、実際に困っている人を助ける行動まで多かったそうです。

興味深いのは、その苦しみが「どれだけ深刻だったか」と結びついていたところで、つまり「ヤバいマジでオワタ。死ぬかも。。」を経験するとすげー優しくなるってことですね笑。

まーなので「若いうちの苦労は買ってでもしろ」っていうのは本当なんでしょう。

ただこれが自分事になると、親しい人や可愛い人には「こんな苦労はしてほしくない」と思ってしまうし、とにかく幸せになってほしいと願ってしまう。

でも苦労しないと優しくなれないし、幸せにもなれないだろうな。。といった矛盾と葛藤。

なんというか、AIが全部やってくれる時代が見えてきて、もうどうやっても人類が楽なほうに利己的に流れていくのは止めることができないわけで、そんな時代に合った幸せを見つけた方がいいのかな?なんてなかば諦めに近いような葛藤なのかも。

というわけで若手の育成はやらないと思います。だって「とりあえず腕立て300回」なんて可哀想で言えないもん。

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