日記
本当の優しさは脳ではなく身体に宿る。AI時代に価値が高まる情動的共感とは?
今回は、多くの方が「常識的な範囲で知っているし、自分も実践している」と思っている「優しさ」について、少し掘り下げてみようかと思います。
なんでかというと今後、本当の優しさを持つ人はますます価値の高い存在になっていくだろーなと思うので。
優しさや思いやりについて考えるとき、多くの人はそれを道徳教育や倫理観の問題だと捉えがちです。
ただこれを科学的な視点で見ると、相手に寄り添う力は「教養」で身につけるものでなく、理屈以前の「身体反応」として経験するものだということがわかります。
神経心理学などの分野では、共感には明確に「2つの層」があることが解明されています。
一つは、相手の状況を分析して感情を推論する「認知的共感」。
もう一つは、脳内のミラーニューロンや島皮質(とうひしつ)などの働きを介して、相手の呼吸や筋肉の緊張を自分の身体に写し取る「情動的共感」です。
例えば、誰かが苦しむ姿を見て「かわいそう〜」と頭で理解して言葉をかけるのは「認知」の領域。
対して「情動」とは、言葉よりも先に、心拍が上がったり、筋肉が痛んだり、相手と同じ苦しさを身体が勝手に「再演」してしまう状態を指します。
「母親が怒っているのが背中でわかる」という感覚は後者のほうで、相手の状態を自分の身体で強制的にトレースしてしまうこの機能こそが、優しさの土台(プロトタイプ)なんです。
ところが現状、世界はさまざまな摩擦を「ハラスメント」として避け、人間同士の生々しいやり取りを減らす方向へ進んでいますよね。
一方で、空気だけを読み合う同調圧力は強くなっていて、不安や怒りを刺激する「認知的共感」が様々な分断を生み出しているような気がします。
テンプレ化した感情論に調子を合わせるだけでは本当の意味での共鳴力は育ちません。
AIやヒューマノイドと共存する近い未来、こうした「頭での理解(認知的共感)」はエージェントが肩代わりしてくれるようになり、身体的な痛みを伴う「情動的共感」を引き受ける人は、ますます減っていくことが予想されます。
そんな未来ではおそらく、身体で共鳴するこの不思議な能力は、人間に残された唯一無二の特殊能力になっていくはず。
「こんなこと言ったら傷つけるかな・・・」と戸惑い、緊張と安心を繰り返しながら相手と向き合う人は、言葉の裏側にある「体温」に敏感です。
そんな人の周りに理屈を超えた安らぎが生まれるのは「自分の痛みを分かち合ってくれている」という原始的な共鳴が、孤独を溶かすからでしょう。
たとえAIが「人間関係の正解」を瞬時に弾き出す未来が来ても、人は結局、自分の苦しみを隣でドクドクと感じてくれる「生身の体温」のそばに、そっと身を寄せたくなるものなんだろうなーなんて考えています。
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