日記
「私はこういう人」という舞台から降りてみる。
サロンでお客さんの悩みを聞いていて「これはちょっと切ない〜」と感じるケースがあります。
「私にはこういう過去があるから、こうなってしまった」
「私はこうやって成功したから、これからもこうすべき」
ひたむきな人ほど「自分という檻」の中で身動きが取れなくなってしまうヤツです。
そこで「私はこういう人だから(自我)」が実は単なる思い込みである、という構造を少しだけ紹介します。
18世紀の哲学者、デイヴィッド・ヒュームは、人間には確固たる自分なんて存在せず、ただその時々の感覚が流れているだけの「知覚の束」だと言いました。
つまり「ムカつく〜気持ちいい〜寒い〜美味しい〜なんかキレイ〜」といった感覚が流れているだけなのに、記憶がそれをつなぎ合わせて「これが私です」っていうフィクション(思い込み)を創作しているってわけ。
「自分はこういう人間なんですよ〜涙」と、悲劇や成功の物語に陶酔してしまうと、その設定を守るために必死になるし、正義や正解を振りかざすし、未来の選択肢まで限定されるし、で、まーとにかくいろいろとシンドイんですね。
とりわけ現在のような時代の変わり目は、価値観や考え方にも変化と適応力が求められるから、この「自分維持コスト」が高い自意識過剰な人は追い詰められちゃう気がして心配。。
逆に「自分維持コスト」が低くて軽やかに変化する人には、自分のことよりも他者のことを考える傾向があるように思います。
「自分は〜自分は〜」と利己的に考えるよりも、「あの人大丈夫かな?」と利他的に動いている時に執着が薄らいでいく感覚、ありますよね。
僕の場合、そもそも「自分はこうしたい」が乏しいんだけど、少なくとも自分のために動いている時より、誰かのために動いている時の方がハッピーな気がするし。
それは自分を犠牲にするということではなく、自分というフィクションをいったん解体して、自分の外側に感覚を委ねてしまう心地よさなのだろうなーと思います。
これからやってくる新しい時代は、そんな「主語のない幸せ」をどれだけ積み上げられるかが、意外と大切な生き方の選択肢になるのかも♪
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